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![]() 今日はよく晴て風も穏やかだった。 北関東自動車道で茨城県の桜川・筑西ICまで出かけた。 車をカーパークへ置きMTBで国道50線にそって西へ走った。 往復30㎞ぐらいにもなろうか。 筑西市下館からさらに結城市方面へ進んだ。 突然、歩道の補修工事箇所に出くわし、自転車一台が通り過ぎるのにやっとの思いをした。 東日本大震災で壊れた架線橋がいまだに直っていないのだ。 茨城県は被災の度合いが関東でも大きかった。隣の栃木県から来るとやはり驚きである。 ![]() ![]() 今日は東方面の田舎道を走った。 小学校らしい建物が見えたので立ち寄ってみたら校庭は震災で出た瓦礫の山になっていた。 学校は廃校になっているようで、子どもの姿はなかった。 未だにうず高く山になっている瓦礫に、どう処理したらいいか戸惑っている地方の自治体が垣間見える。 あまり話題にならないけれども今回の震災では栃木県の被害も甚大であったことを広く知ってほしいものだ。 廃校、瓦礫・・・・・寂しく寂しく響くではないか。
閖上地区の道ばたで2体の地蔵さんを見た。
人々の悲しみを目一杯引き受け、泣いているように思えた。 名取もまた流された漁船があちこちに横たわり風雨にさらされていた。 船の持ち主は助かったのやら。 ![]() ![]() ![]()
名取市へ来た。
閖上(ゆりあげ)地区は家屋の敷石だけが残り、何もない、だだっ広い平地があるだけ・・・。 鉄筋のビルがあっても廃墟ばかり。 縄文時代の風景とどこが違うと言えるだろうか。 ![]() ![]() ![]()
南三陸町でも瓦礫の山がうず高く積まれていた。
とうてい処理しきれない量だ。 茶色の鉄骨は南三陸町役場の跡だった。 時折、バスがやって来る。消防や防災の関係者たちが多いようだ。 全国に持ち帰えられた研修の成果が確実に地元に根付いて欲しいものだ。 津波被害の歴史ある南三陸町は今回の地震と津波の襲来前から防災について町民に呼びかけていたことが分かる場面にであった。 どんなに警戒していても想定外の災害に完膚無きまでにのされしまう現実にショボンとなった。 ![]() ![]() ![]()
気仙沼市から南三陸町へ来た。
ここへ来るまでの間、道路沿いの低い海より地域はことごとく津波で押し流され、これでもかこれでもかと無残な現場が続いた。 ドイツには「ロマンチック街道」というのがある。だがここは「悲鳴と涙の街道」と言うしかない。何とも悲しい。 南三陸町は海に面した低地に町ががあったため、被災はさらに深刻の度を増した。 交通量の多い道路は残骸が片付けられているとはいえ、砂埃が舞い灰色のモノトーンの世界に変身していた。 でこぼこ道をご走るのが得意のマウンテンバイクで荒涼とした砂の路地を走った。 ![]() ![]() ![]()
気仙沼市を後にして南三陸町へ向かう。
その前に気仙沼の市内に打ち上げられた大きな漁船を見て来た。 巨大震災、巨大津波で受けた巨大災害がいかなるものであったか、この漁船が物語っている。 ![]()
日本の漁港を代表するような気仙沼の港が壊滅して多くの関係者が希望を失いかけたと伝えられた。
しかし、少しずつだがうれしい変化が見られる。 港には何隻もの漁船が横付けされ、港に白波をたてて行き交っている。 また岡本製氷という会社が立ち上がって、朝から大量の氷を運び出しているのを目のあたりにした。 復興事業もどんどん進んでいる様子だ。応急に作ったバラスの道路をたくさんのトラックが資材を運んでいる。 冷凍施設や加工施設などが立ち上がれば、きっと復旧ペースも速くなること思う。 人々の涙が早く乾きますように。 ![]() ![]() ![]()
港の一角で白装束の一団に出会った。
港に突き出た小山から御輿をかついで下りてくるところだ。 赤ちゃんを抱いた若い母親が祝福され、カメラに納まっていた。 何とうれしい光景であることよ。 津波の後で生まれ出でた小さな命。周囲の地獄を押し払い、霞ませてしまう力がある。 御輿はこれから車に鎮座し、気仙沼市近郊の社へ帰るところだ。 一団の長老が行った。 「今年は本気で祀らなくては。」 ![]() ![]() ![]()
これほど徹底的に街全体が破壊された光景を今後、生涯にわたって目にすることはないと思う。
もう、たくさんだ。 ![]() ![]() ![]() < 前のページ次のページ >
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