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![]() 恐らくこの巨大地震ではお墓がメチャメチャに違いない、と思って見に行ったが意外とまっすぐ立っている墓石が多い。 ある程度揺れに対する施工面の対策が施されているのかもしれない。 でも数は少ないものの横倒しになっているもの、トイメンの他人の墓石に寄りかかっているもの、細かい細工をした飾りが木っ端みじんになっているのもあった。 復旧には施工した業者が当たるのが当然として、その経費はどのように負担することになるのだろうか。 今回の巨大地震は大津波をはじめ、原子力発電、家屋の倒壊、墓石の損壊と実にやっかいな複合トラブルをもたらした。生涯出会いたくないモンスターと出会ってしまった。 ![]() さくら市立氏家中学校の前を通りかかった。 校門わきに岩石がある。 短い言葉が白文字で刻んであった。 自覚して入り 自信をもって出る 毎日出入りする生徒にはいやでも目に飛び込む。 言葉は重いが感受性の強い生徒たちは果たしてどう受け止めているだろうか。 心に響く呼びかけだ。きっと彼らにも届くだろう。 ![]() 野口雨情の碑が目に入った。 大きな石碑だ。 あの町この町 日が暮れる 今きたこの道帰りゃんせ 帰りゃんせ 野口雨情は戦争中、宇都宮のこの地で生涯を終えた。生まれ故郷の茨城県に帰りたかったのではなかったか。 ![]() 喜連川へ通ずる道路わきで道祖神が通行人ににこにこ笑顔のサービスをしていた。 旅人を 笑みて迎える道祖神 いで湯の里に 幸多かれと とある。 温泉につかってほっとため息をはくのが一番リラックスできる瞬間だ。 ![]() 隣の鹿沼市へMTBで遠征しました。 途中、結構坂が多く、アップダウンで力みました。 鹿沼市の方が標高が高いから、行きは大変、帰りは楽チンだったのです。 JR鹿沼駅での休憩を入れて往復3時間ほどのポタリングとなりましたが、足腰は何ともありません。日ごろ鍛えているだけのことはあるようです。 天気がよかったせいか宇都宮市の西のはずれにある「野口雨情の碑」が輝いて見えました。 雨情は茨城県出身です。戦争中、空襲が激しくなり昭和19年、この地へ疎開して来てたった1年、日本の敗戦も知らずに永眠してしまいました。 今でも野口雨情ファンが多く、ここを訪れる人が絶えません。 大正時代を中心に日本に童謡詩や文学運動が盛り上がったのは、その後に続く軍国主義時代のとげとげしさと鋭いコントラストとなる出来事でした。 ![]() 初めてのコースを走りました。宇都宮市と茨城県堺の中間ぐらいの場所です。 歩道もない道路をトラックなど大型車がブンブン走ります。 道路わきでは土木工事が行われていました。 通りかかると、作業員さんが 「こんにちわ」 と挨拶してきました。こんなこと、何か珍しい感じです。 離れたところにいた作業員さんも 同じように挨拶してきます。 こちらからも元気よい声で 「こんにちわ」 と返しました。 さらに進むと道の脇にお地蔵さんが見えました。赤い布をまとっています。 作業員さんの素朴な感じといいお地蔵さんといい、土地柄を表しているように思えました。 ![]() 田んぼの中に石の標識を目にしました。 昔三つの村が境を接していた場所を石の標識が教えています。 芳賀郡上篭谷村 河内郡上桑島村 芳賀郡鏝山村 と読めます。 現在はここに書かれている三つの地区とも宇都宮市の一部になっています。 かなり古い標識で、何の役にも立っていないはず。 田んぼの所有者はコンバインやトラックターなどの機械を使うのにも、さぞや邪魔でしかたがないだろうと推察してしまうのですが・・・・・。 < 前のページ次のページ >
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